LOGIN「うちはこの辺じゃ珍しい風呂付きさ」
なんと、この街の宿で風呂など全く期待していなかったのだが、これは何ともありがたい。
「手伝うよ」
「遠慮するよ、そんな大荷物、ここまで大変だったろう?
部屋で風呂と飯が用意できるまでゆっくりしてな」「お部屋はこっちだよ」
「そこはこちらになります、だよ!まったくもう」
呆れた声色で苦笑いした女店主。
「悪いね、旅のお人よ。まだ子供だから多めにみておくれ」
「気にしてないよ」
「もう!二人とも子供扱いして!ふんだ」
怒りながらも案内のために店主の娘が二階に向かって階段を上がると、
木でできた階段が少し軋む音がする。築年数を感じさせるような雰囲気で、彼の持っている荷物を背負ったままでは、
間違いなく床が抜けるだろう。だが、床は抜けず足取り軽く店主の娘についてゆく。
床が軋む音もさほど気にならない大きさだ。その様子を見ていた女店主が思わず溢す。
「鍛えているんだねぇ」
実際のところ鍛えていることは間違いないのだが、本当のところは単純に鍛えているだけではない。
部屋に到着し、なるべく床に重さが分散されるように荷ほどきを済ませる。
(先に風呂か、はたまた飯か)
と考えながら、出されたコップに入った水に魔力糸を接続させ、
空中で形を変化させる遊びで時間を潰す。変化のパターンが五十を超えた辺りで一階から風呂の準備ができたと声がかかる。
空中に漂っていた水を口に飛び込ませて飲み込んでから下の階へと向かう。
脱衣所のようなところではご丁寧に洗濯物を入れる籠まで置いてあった。
さっと籠に服を丸めて突っ込み、久しぶりに落ち着いた状態で風呂に入れる。
野宿中も川の水を固定させ形状を維持するなどの工程がとにかく多い。
維持にも少なからず神経を使うことから、全く魔力操作を必要としない風呂はとにかく貴重なのだ。
「はぁ~」
と思わず声が出る。
すると籠を回収しに来た店主の娘が「おじさんみたいな声出してる」
と笑いながら声の主が遠ざかるのをしり目に
(失礼な)
と心の中で抗議するのであった。
風呂を済ませ、用意された部屋着に着替える。簡素な作りだが、意外にも着心地がよかった。
「さっぱりしたかい?」
「おかげさまで、いい湯だったよ」
「それはよかった。さあ、飯の用意もできたよ!腹いっぱいになるまで食べな!」
満足したような顔つきで女店主が笑う。
「頂きます」
うっかり魔力糸で食器を操作しようとするが、自重する。
文化の違いはあれ、食器を空中にフワフワしながら食べる奴はこの世にいないだろう。
出されたメニューはスタミナがつく肉系とちょっとしたサラダ、
ブドウのような甘みのある飲み物と、 いったいどう仕入れをしているのだろうかと疑問になるが、 サラダ料理も新鮮ではないが古くもない、普通においしかった。「ありがとう、ご馳走様」
「あいよ!お粗末様」
店主の娘が空になった食器を片付けていく。
(将来はこの子が二代目店主にでもなっているのだろうか)
なんてことを考えてながらも自室に戻る。
せっかくのいい宿屋だ。
どうやら他にも何人か宿泊している客がいるようだが、今日は早めに休むとしよう。久しぶりのベッドでの睡眠は、思いのほか早く彼を空想の世界へと誘った。
彼の朝は今日も早い。日の出と共に自然と目が醒める。
普段なら眠い目をこすって朝食を準備しに行くが、今日から数日は少なくとも必要ない。
大会もあと二日とあっては、軽く剣でも振っておきたくなるものだ。
服を着替えて庭へと向かう。昨日店主に朝、庭を使わせて欲しいと頼んだ時に
「おや、あんたもかい?精が出るね。うちの庭は好きに使っていいから」
と言われていたので、もしかしたら先客がいるのかもしれない。
彼の予想は当たっていた。
動きやすい白の訓練服のような装束に身を包み、剣を振る度に滴る汗が朝日に反射している。
なびく鮮やかな金髪は後ろで一つに纏められ、柔らかく風に揺られながらも、その表情は真剣そのもの。
彼女の邪魔をしては悪いと考え、意識の外に位置取り自前の木剣を片手に素振りを開始する。
最初は右手で二十回、上段から振り下ろした後に左手に持ち替えて更に二十回。
これもまた上段に構えて振り下ろす。合計四十回ほど振り終えてフーっと息をつくと、
少し離れて同じく素振りをしていた彼女がこちらを見ていた。特に話しかけてくる様子もないので、一瞬目が合った後にお互い目を離し、朝の鍛錬へと戻る。
準備運動はこれくらいでいいだろう。
始めは片手で振っていたのを両手に持ち直し、
右上段から左下段へ木剣が加速しきるタイミングで力を加える。木剣とはいえ多少の重みはある。しかしそれを感じさせない速度で振り下ろされた木剣は、
片手で振っていた時とは明らかに違う、剣が発する音色とは異質な音が響き渡る。振り下ろされた剣は地面付近で急停止し、
代わりに舞い上げられた砂埃は彼の出した剣圧を物語っていた。両手での素振りが丁度終わった頃、すでに朝日はオレンジから白へと変わり、
表には人の気配が溢れていた。同じく朝練をしていた金髪の彼女はどうやら先に上がっていたようだ。
「お兄さーん?朝ごはんできていますよ!」
大会まであと二日、今日は出場者としてエントリーするために闘技場まで足を運んでいた。
だが、向かっている途中に冒険者のようなイカニモな奴らから声を掛けられる。
「おい兄ちゃん。そんなナリしてまさか大会に出るってんじゃねぇだろーな?」
「ソンナマサカー」
と適当に返答し、その場を後にする。本当ならここで
「だったらどうする?」
とでも返してやりたいところだが、今はエントリーに急いでいる。
エントリーが済んだらもう昼だろう。
今日はそれだけではなく、昼過ぎからも予定があるのだ。正直こんな暇人に付き合っているほど、彼は気が長い方ではなかった。
しかし、どうやらそれだけでは満足されなかったのか、
腰抜けのカモだと思われたのか、力任せに彼の肩をリーダー格の男がつかんだ。「待てよ兄ちゃん。ちょっと俺たちと遊んでいけよ。
こちとら明後日の大会まで我慢できないんだよ、終いにゃボロ雑巾になってくれや」どうやら大会出場者だとばれてしまっているようだ。
肩を掴まれた時にゴロツキから流れる自然魔力すら感じ取れない。
ゴリゴリの近接系といったところだろう。それを金髪の女性が怪訝そうな表情で彼とゴロツキとのやり取りを見ていた。
相手は複数。純粋な力だけなら自分と同程度の力を持っているかもしれないと感じた彼女は、 少し心配そうに見守っている。しかし、朝練で見たあの剣と振り下ろされた時の「音」
只者ではないようだが、彼もまた大会出場者。勝ち上がれば自身の障害となるだろう。
偵察の意味も込めて彼が連れていかれた路地裏へと足を運ぶ。
彼はあの角を曲がったところにいるだろう。
物陰から見つからないように彼の行方を追いかけるが、喧噪はまだ聞こえてこない。やっと追いついて彼のやり取りを見ようと、
曲がり角から顔だけ出して確認した彼女は信じられない光景を目にしたなんとゴロツキ達が音もなくすでにやられていたのだ。
「嘘!?」
と思わず声が出る。
彼女が彼から目を離した時間はおよそ五秒と言っていい。その間に全員を逃がさず、かつ迅速に倒してしまったのだ。
彼の姿はもうそこにはない。(私の存在に気づいて、手の内を見せないように身を隠された?)
彼女の表情が更に曇る。
やはり只者ではなかったと自分の考えを肯定すると同時に、
楽に優勝できると考えていた大会が、一杉縄ではいかないことが証明された。「受付完了いたしました。Bブロックの八番です」
大会のエントリーを終えた後に、先ほど後をつけてきた彼女が大会エントリーにやってきた。
また一瞬お互いに目が合うが、朝練で目が合った時とは全く違う、
探るような視線を彼女から感じ取っていた。またお互いに目線を反らし、彼女は行ってしまったが、
宿が同じならまた会うこともある。警戒されている相手に頻繁に会うのは面倒だ。「Aブロックの二番になります」
「ありがと」
彼女もまた大会エントリーを済ませ、彼がいた後ろを振り返るが彼の姿はもうなかった。
大会前日は街が騒がしかった。
どうやら大型の魔物が街の近辺に出没したらしく、
大きな岩山が一つ消し飛んでいたらしい。付近に魔力反応もあったことから、衛兵たちが広場に集結させられている。
しかし、頭数が少ない。
仮に討伐することを考えているのならばあと三倍は人員が欲しいところだろうが、 魔物のランクが高ければもっと人数が必要になることは間違いなかった。衛兵の年齢も老いたものが多く、どうにも覇気を感じられない。
街ゆく人々は呑気なもので「明日の闘技大会はどうなるのか」
「中止だけは勘弁してくれ」
など大会のことで頭がいっぱいだ。
寂れた街での少ない娯楽として、闘技大会の価値の高さが伺える。「おう!今日も早いね!」
洗濯物を干すために二階へやってきた女店主と鉢合わせになる。
「庭、また使わせてもらうよ」
「好きに使っておくれ。それよりもアンタ、ここ近辺に魔物が出たって知っているかい?」
「いや、初耳だ。規模はわかるのか?」
闘技大会を明日に控え、前日に魔物騒ぎはこちらも困る。可能なら障害は早めに対処したい。
「これが分からないんだってよ。町の衛兵が調査に行くらしいけど、心配だね」
「そうか、ありがとう。こっちでも様子を見てみるよ」
「無理するんじゃないよ」
朝の鍛錬には昨日に引き続き金髪の彼女がいたが、やはり会話は無かった。
軽く済ませて、準備していた衛兵に話を聞く。やはりというべきか、衛兵にも話を聞いたが一度調査をしてみないことにはわからないようだった。
旧王朝がまだ栄えていた頃、いや、革命により没落する前、レルゲンは庭で遊んで、勉強して、少し昼寝をして、また勉強して。そんな王朝の中では平和と呼べる日常だった。幼い頃は常に両親の言う通りに生活し、決まった事を決まった通りにこなす日々。そんな日々にも疑問は持たずに、二年の月日が流れた頃、ある魔術師が小綺麗な鞄を片手に訪問してきた。「皆さん、本日はお招き頂き恐悦至極。私はナイト、ナイト・ブルームスタットと申します」「ようこそナイト殿、我が王朝へ。さっ、長旅でお疲れでしょう。どうぞお寛ぎを」レルゲンの父が挨拶を返す。普段は自分こそここの主人だと言わんばかりの態度だが、このナイトと呼ばれた人物は、父が畏まった態度に出る程の人物なのだろうか。幼い頃のレルゲンは新鮮な気持ちになり、それは青年になった今でも鮮明に覚えていた。「おや?そちらが“例”の?」「ええ、シュトーゲンになります」初めは父の後ろに隠れたが、勇気を振り絞ってナイトに挨拶を返す。「レルゲン・シュトーゲンです。初めまして」「とっても礼儀正しい子ですね。初めましてこんにちは。今日から貴方の魔術の先生になりました。これからよろしくお願いしますね。シュトーゲン君」ナイト先生の授業はとても難しく、魔術理論に関してはさっぱり理解できなかった。それでも、何日かに一度の課外訓練は楽しかった。「ねぇナイト先生、今日は何を教えてくれるの?」「そうですねぇ、シュット君は座学がまだまだですが、実技が素晴らしいですからね。今日は念動魔術について教えようと思います」「それ知っているよ!お屋敷の人がよく使っている、魔力の糸を使うんでしょ?」「そうです。でもこの魔術は、お屋敷で使える人はいないと思いますよ」「そうなの?どうして?」「魔力で糸を作らず、ただ自分の意思のみで有りとあらゆる“事象の操作”ができる魔術です」「事象の操作?」ニコッとナイト先生が笑う「例えばそうですね。シュット君、今欲しい物はありますか?」「うーん、新しい剣が欲しい!」「それはまた何故でしょうか?」「お父さんが言っていたの。真の戦士は、剣と魔術、どっちも一流?なんだって!」「それは素晴らしい考えですね。私は魔術以外が全くなので、もしそれができるようになったら、シュット君は私以上になれ
次に彼が目を覚ましたのは、闘技大会があった日から三日後だった。「お姉さん!お兄さんが目を覚ましたよ!ほらお姉さんも起きて!」「えっ!彼が起きたの?」机に突っ伏して寝ていたマリーががばっと勢いよく起き上がる。「はしたないぜ、嬢ちゃん」少し呆れながら笑い、差し入れと思われる袋を片手に扉を開ける白髪の剣士。「うるさいわよ、ハクロウ」徐々に意識がはっきりして、全身の痛みに気が付く。手には厳重に包帯がまかれ、全身にも薬草を染み込ませたであろう包帯がグルグルとまかれていた。マリーに起こしてもらい、ゆっくりと座る。「そういえば、アンタの名前、聞いていなかったな」「なんか遅すぎる気もするが。自己紹介をさせてもらうぜ。俺はハクロウ。姓はない。ボウズ、嬢ちゃんを護ってくれて感謝する。あれは俺じゃどうにもできなかった。本当にありがとうよ」「それで?そろそろ貴方の名前を教えてくれてもいいんじゃないの?私の英雄様」少し考える。だが、短期間とはいえ共に過ごした中だ。この人達なら、きっと受け止めてくれる。「俺は……俺の名前はレルゲン、レルゲン・シュトーゲン」場が一瞬凍り付く。だがその場を引き戻したのは、やはりマリーだった。「レルゲン…もしかしなくても「旧王朝」の名よね。学が高いことを言うと思っていたわ」未だに緊張している状態のハクロウ。今ここに剣があったとしたとしたら、恩知らずな行動に走っていたかもしれない。「ハクロウ、彼は経歴はともあれ、暗殺されそうな私を助けたお方よ。控えなさい」「すまねぇ、頭ではわかっちゃいるんだが、どうかしちまってるな。でもよ、感謝していることだけは本当なんだ。信じてほしい」「いいさ、こうなることをわかって俺も名乗ったんだ。気にしないでくれ」「なんか難しくてよくわからないけど、みんな仲良しってことだよね?」「そうよ。みんなで乗り越えた。だから仲良し!」「おいしいところは全部レルゲンが、いや、やっぱりボウズはボウズだわ。このボウズが持って行っちまったがな」「もう!水を刺さないでよね」下の方から賑やかな気配を察してか、女店主が一声かける。「この街の英雄様がお目覚めなのかい?賑やかなのも結構だけどさ、水でも持っていってやんな」「あたし行ってくる!」元気に階段を降りていく店主の娘。どうやら宿屋の親子
「貴方の企みは潰させてもらったわ」「お前に話すことは許可していなぁぁぃいいい!!!この卑しい雌豚がぁ」今までの口調とは打って変わり、中性的な声からドスの効いた男性の声へと変わる。「いやぁあん、ワタクシッたら。いっけなーい!てへっ?」(上空からすでに投擲していることに気づいたか!勘のいい奴だ)幸い魔物の動きは鈍い、耐久力と、攻撃、防御力が高いタイプだろうことは魔力反応を見ればわかる。闘技場の上空は幸い何も障害となる建物がなく、青々とした空が広がっている。「そこからお退きなさい、アシュラちゃん」(主人の命令には従うタイプだな)「いやねぇ、不意打ちだなんて。せっかくのお祭りなんですもの。もっと楽しみましょ?それに貴方、随分とこちらを探っているようだけど、狙い通りにいくかしらね?」「さあな」投擲された剣がアシュラと呼ばれた魔物めがけて飛ぶが、これを必死に躱そうと動く魔物。空中で自動追尾された無数の剣たちは正確に魔物へと突き刺さる、はずだった。重力と念動魔術を合わせた剣の雨は正確に魔物へと命中したが、体を覆う甲殻のようなものが剣を弾いた。ガキィイインン!!!大きな衝突音が響き渡る。まるで剣と剣が衝突したときに出るような轟音。剣は衝撃に耐えられずに派手に火花を上げて粉々に砕け散り、ユニコーンを屠った時以上の攻撃があっさりと防がれる。残った剣は空中に帯同させていた二本の剣のみ。「あっらぁ?アシュラちゃんが強すぎて、全く攻撃が通らなかったわね?じゃあ次はこっちから行っちゃおうかしら!ここで息の根止めてやるわ、雌豚」「あいつ、殺すわ。二回も、二回も雌豚って言った!」「高尚な術が使えるようだが、用い道がいけねぇ。老体に鞭打つときかね」二人の絶対殺す宣言に、彼は少しだけ引いた。「あら?やる気?この五段階目のアシュラ・ハガマに勝てると思っているのかしら、ね!」五段階目の魔物。中央王族機構筆頭の近衛騎士団が束になってようやく足止めできる強さの魔物と言っていいだろう。その大人数で相手する魔物をたった三人で相手しなければならない。加えて、まだどんな手段で攻撃を行うのかわからない仮面の男。素人目にも、戦況は絶望的だった。言い終わると同時に暗殺ギルドの長らしく黒く塗りこんである暗器をこちら目掛けて投擲してくる。マ
まばらに逃げ始めている観客を避けつつ、もうじき魔物がいる場所まで辿り着いた。魔物が近くなるにつれて、彼らとは逆方向に逃げる観客が増えてくる。それにぶつからないように速度を殺さず向かうと「ガァァァアアアア!!!!」魔物の声が響いている。幸い魔物を避けるように観客が退避はしているが、いかんせん戦闘するには狭い空間だ。魔物が移動したら被害が大きくなるのは必至。(あれはウルフファング…!)「俺が牽制する!その隙に一撃頼んだ」「分かったわ」魔物を視認する。ウルフファングは三段目の魔物だが、近々四段目に昇格するのでは無いかと噂になっている。主な生息域はユニコーンと同じ森の奥地。本来群れで行動することで知られているが今回は一頭のみ。成獣だと思われるが、先程の咆哮といい、まともに音圧を受ければたちまち体が数秒間硬直して動けなくなる。既に躱した観客の中にも硬直し始めている人もいた。今はまだ魔法陣付近にはいるが、いつ動き出しても不思議はない。「また咆哮がくるぞ!」(先程よりも大きい咆哮を出すつもりか)彼らが接近してきたことに対する、臨戦体制に入ったことへの合図。「咆哮は何とかする!構わず突っ込め!」ウルフファングが咆哮を上げるよりも早く、自分とマリーの耳に小さいウォーターボールを出現させ、耳を保護。「きゃっ?!」と驚いたような声を一瞬あげるが、速度は緩めずにウルフファングまで駆ける。加えてすぐに音の衝撃波の直撃を防ぐために、帯同していた十本の剣を横一列に並べる。「ガァァァアアアア!!!!!!!」先ほどとは比べ物にならない音圧でウルフファングの咆哮が響き渡るが、二重に対策された二人は硬直することなく突っ込み続ける。咆哮が終わったとほぼ同時に剣の間合いに入り、下段から垂直に首元へと真っ直ぐ軌道を曲げられた二本の剣が、ウルフファングの首を捕らえたかに見えたが、四段目に昇格が控えているだけあって反応が速い。薄皮一枚を切り裂き小さく鮮血が上がる。上体が逸らされ更に懐が広くなり、この隙間にマリーが素早く潜り込む。戻ったときにはマリーが頭の真下に位置取り、うまく死角に入った。「やぁぁぁああああ!!」裂帛の気合いで死角からの一撃。元々の剣の切れ味の良さも相まってか、滑るようにウルフファングの首が落ち、魔石へと還る。
後一歩のところで上空に感じた覚えのある魔法陣が闘技場全体を覆う。お互いに戦闘を瞬時に中断し、何が起きているのか情報を集めようと周囲を見渡す。(これはユニコーンの時と種類は違うが、同じ奴が起動しているな。となると魔法が飛び交っていた闘技場の魔力を使ってまた魔物を召喚するつもりか?だがそれならもう対策はある)彼が右手を空に掲げ、自身の知覚できる感覚を広げる。仮想的に可視化させた周囲の環境を取り巻く魔力を一点に集めるべく、魔力糸無しで念動魔法を発動させる。だが、彼の思惑通りにはならなかった。確かに魔術の発動は出来た、一瞬だが周囲の魔力を集めることも。しかし、魔術の「継続」が出来ない。(これは、消滅魔術か…!)消滅魔術とは魔法や魔術の発動を検知、即ち魔力が体外に放出された段階で消滅させる魔術だ。これもまたユニコーンの時と同じ魔術師がやっているのだろうが、こんな代物扱える人物など世界に数えるくらいしかいないユニーク魔術に近いほど珍しい。ここで始めて事の重大性に気づく。(どんなに犠牲を払ってでも消したい奴がこの中にいる…!)足に魔力を込めて垂直跳びをする。純粋な筋力による跳躍と、魔力による跳躍の付加。その高さおよそ二十メートル。跳躍しきってから念動魔術による空中浮遊が即座に消滅魔術によって落下を始めようとする。しかし落下を始めるよりも速く、念動魔術を再度発動。再度、念動魔術の消滅。再度、念動魔術の発動。この消滅と発動の繰り返しを高速で繰り返すことで空中浮遊を維持する。始めに魔力を集めようとした方法を思い出し、空中の残存魔力の流れを感知、魔法陣の位置を逆探知する。(一、二、三、四……五個だな)五か所から魔力を吸い上げており、星形の頂点を位置する場所に魔法陣が張られているようだ。観客はまだ彼女との戦闘の最中で彼がルール違反をしたと思っている。空中浮遊を解除し、大会運営に用意されている椅子が集まる上座目掛けて移動する。この異常事態を伝えるために大会運営席に到着したが、一歩遅かった。黒衣のフードに身を包んだ連中が、恐らく毒が仕込んである武器を片手に運営陣を拘束している。それを見た彼は毒武器を魔力糸無しで操り、毒武器の所有者に向けて刃先を強引に向かわせた。何とか抵抗しようと力を込めるフードを被った賊の抵抗空しく
大会もいよいよ最終戦木剣のみの打ち合いになる相手はどんなお貴族様かと思っていたら「なるほど、相手は君か」「ええ、まず試合が始まる前に謝罪をさせて頂戴。私が有利になるルールに何度も変えさせて」「いいさ、結果は変わらないからな」「ふふっ、貴方そんな冗談も言えるのね」その冗談とは、これほどまでの縛りルールでも勝てると思っているのか。またはそんな減らず口を言えるタイプだったのかと思っているのかは分からないが、お互いに決勝まで駒を進めてきたもの同士。気分が高揚していた。「特別試合、始めてください!」最初に動いたのは彼女の方だった。木剣の種類は彼女の背丈には不釣り合いな長さで、両手で主に扱うロングソードに近い形状。それを片手で簡単に上段へ振りかぶり、飛び上がる。剣本来の重量と、彼女の並外れた膂力。飛び上がってから振り下ろされるまでの間に落下する重力を掛け合わせた、必殺の一撃。一連の動作速度も申し分ない。これをまともに受ければ幾ら彼でも木剣を破壊されて試合続行不可能となり判定負けとなるだろう。だが、巨大な威力を持った一撃を受け流す方法は白髪の剣士との対決でよく「見た」彼女の一撃が彼の剣に当たってから、上体を捻りながら剣同士を滑らせて受け流す。「なっ」(その技は先生の…!)(悪いな嬢ちゃん、技見せすぎた)このまま剣を滑らせながら前進し、彼女の腹に一撃を加えて試合終了かと思いきや、片手で振り下ろされたロングソードを両手で持ち直し、無理矢理空中でガードの体制を作る。木剣同士が打ち合い、彼女が開始位置まで飛ばされるが、これを自慢の膂力で何とか姿勢を崩さない。着地の際によろけるなら、そのまま追撃をしようと準備していた彼だったが、不発に終わる。「貴方、真似っ子は随分とお上手なのね」「そちらこそ、見た目によらず力強すぎるだろ。何食ったらそんな力つくんだよ」「失礼な!食べているものは普通よ!」食べる量について言わない辺り、大飯食らいなのかなと思ったが、その後の展開が容易に想像できたのでやめておく。今度も先に仕掛けたのは金髪の彼女。だが今度は飛び上がらずに地上で細かく攻撃を仕掛ける。彼はまだロングソードの遠い間合いで、あたかもショートソードの用に扱う彼女に対応がやや遅れている。それでもまともに打ち合わず、躱し、いな